輸送機器の軽量化や建築物等の巨大化のもと、力学的機能を担う構造材料には、従来にはない超高強度が要求されている。一方、金属を含むあらゆる材料では、強度を増大すると延性・靱性が損なわれるトレードオフ関係が一般に生じる。超高強度と高延性・靱性の両立は、現在の構造材料における最も重要かつ困難な課題である。しかし現状では種々の変形機構の活性化や加工硬化向上に関する原子スケールのメカニズムなどは不明であって、高強度・高延性を実現するための材料の化学組成や組織を決定するための指導原理は獲得できていない。本研究では、材料ナノ組織制御、ナノ組織・力学特性解析などにおける最先端の実験手法と、第一原理、原子スケールシミュレーションにデータ科学を包含した最新の計算材料科学的手法を融合し、世界をリードするトップ研究者間の国際共同研究を通じて、上記の指導原理の獲得と材料創製を目指す。最先端の材料研究において実験と計算を併用することは頻繁に行われるようになっているが、動的で複雑な現象である力学応答の解明には多くの未踏領域がある。また特に構造材料分野では依然として実験屋は実験のみ、計算屋は計算のみに特化し、両者の間の誤解や認識の齟齬などが共同研究の効率や飛躍的発展を阻害している。本計画では、実験と計算両方の理解を有する若手研究者こそが、次世代の構造材料研究における大きなブレークスルーを達成できると考え、若手研究者が海外の実験・計算サイトの両方で武者修行を積むことを通じて、構造材料科学における実験・計算の二刀流人材を育成する。
人類が用いてきた通常の金属材料(バルク多結晶金属)の平均結晶粒径が10μm以上であるのに対し、平均粒径を1μm以下に超微細化したバルクナノメタルは、いわば「粒界(Grain Boundary)だらけ」の材料である。多結晶金属の粒界近傍では、隣接する結晶粒間の結合を保つために、原子が粒内の結晶とは異なる原子配列を局所的に有しており、バルクナノメタルは従来金属とは大きく異なる物性・特性を示すことが期待される。実際、バルクナノメタルは、例えば従来金属の4倍以上にも達する超高強度を示す。
しかし、多くのバルクナノメタルは、塑性不安定現象の早期発現によって延性(均一伸び)が著しく低下し、強度と延性を両立できない。しかし最近辻は、焼鈍されたある種の金属・合金のバルクナノメタルにおいては、高強度と高延性を両立できることを見出した。そしてこれらバルクナノメタルにおいて高強度と高延性が両立される機序として以下を明らかにした。
こうした機序の実現のためには、ナノ組織の作り込み、変形機構活性化の制御、力学的相互作用といった多段階かつ様々な次元での高次材料制御とその指導原理の獲得が必要となる。
本研究では (a) 通常は活動できない変形機構を活性化するための合金(化学組成)設計とそれぞれの合金における最適ナノ組織の作製、(b) 変形機構の活性化に関する原子スケールのメカニズム解明、(c) 活性化された変形機構同士あるいはナノ組織との力学的相互作用の解明を目指す。これらを実現するために、本プロジェクトでは実験と計算(データ科学を含む)の協働によって、データ科学による合金探索と先端プロセスによるナノ組織材料創製、原子スケールの計算力学解析とそれを実証するための先端電子顕微鏡解析、先端的な変形中その場解析技術や大規模力学シミュレーションを行い、高強度と高延性を両立した究極の材料設計のための指導原理を獲得する。